大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(ワ)1145号 判決

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らが被告に対し、それぞれ、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告上清一に対し、昭和五七年一二月一日以降、毎月二〇日限り一か月金二六万五四〇〇円を、原告半沢剛夫に対し、昭和五九年一一月一日以降、毎月二〇日限り一か月金二〇万九五〇〇円を、それぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 請求の趣旨第1項に係る訴えをいずれも却下する。

2 右各訴えに関する訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、日本国有鉄道法(昭和二三年法律第二五六号、以下「国鉄法」という。)に基づいて設立された公共企業体で、日本国有鉄道と称していたが、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道改革法(昭和六一年法律第八七号)一五条、同法附則二項、日本国有鉄道清算事業団法(昭和六一年法律第九〇号)附則二条に基づき、日本国有鉄道清算事業団に移行した(以下、右清算事業団に移行する前の被告を「国鉄」という。)。

2  原告上清一(以下「原告上」という。)は、昭和一九年四月一二日、同半沢剛夫(以下「原告半沢」という。)は、昭和三四年五月一日、それぞれ国鉄に正規職員として雇用された。

3  被告は、原告上については昭和五七年一一月二日以降、原告半沢については昭和五九年一〇月二九日以降、それぞれ国鉄職員としての地位を失ったものとして取り扱っている。

4  原告上は、昭和五七年一一月当時、能町駅の営業管理係の職にあって月額金二六万五四〇〇円の賃金を受けており、原告半沢は、昭和五九年一〇月当時、豊浦駅の運転係の職にあって月額金二一万六六〇〇円の賃金を受けていた。

よって、原告らは被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、原告上について、昭和五七年一二月一日以降、毎月二〇日限り一か月金二六万五四〇〇円の、原告半沢について、昭和五九年一一月一日以降、毎月二〇日限り一か月金二〇万九五〇〇円の各金員の支払を、それぞれ求める。

二  本案前の答弁の理由

1  公職選挙法(昭和五七年法律第八一号による改正後のもの、以下「公選法」という。)一〇三条一項は、当選人で、法律の定めるところにより当該選挙に係る議員又は長と兼ねることができない職にある者が、同法一〇一条二項の規定により当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす旨規定しているところ、国鉄法二六条二項は、国鉄職員は、国鉄総裁(以下「総裁」という。)の承認を得たものでない限り、市(特別区を含む。以下同じ。)町村議会の議員を兼ねることができないとして、公選法一〇三条一項の規定する議員と兼ねることができない職を定めている。したがって、市町村議会の議員に当選した国鉄職員は、国鉄法二六条二項ただし書により、当選の告知前に総裁の承認を得ていない限り、公選法一〇三条一項の規定によって、一律機械的に当選の告知を受けた日にその職を辞したものとみなされる。

2  ところで、原告上は、昭和五七年一〇月三一日に実施された氷見市議会議員選挙に立候補の届出をし、同年一一月二日、氷見市選挙管理委員会から当選の告知を受け、原告半沢は、昭和五九年一〇月二八日に実施された豊浦町議会議員選挙に立候補の届出をし、同年一〇月二九日、豊浦選挙管理委員会から当選の告知を受けたが、いずれも当選の告知前に総裁の承認を得ていないから、原告らは、それぞれ当選の告知を受けた日に国鉄職員の職を辞職したものとみなされた。

3  原告らの右辞職は、法律の規定によって生じたものであり、法律によってみなされた事項については反証の余地がなく、みなされた効果は絶対的に発生するものであって、法律上これを覆す手段は存在しないから、本訴各請求中、右効果を否定し、被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める部分は、裁判上実現不能な事項を求めるものであって不適法であり、これを却下すべきである。

三  請求原因に対する認否

全部認める。

四  抗弁

本案前の答弁の理由1及び2記載のとおり。

五  抗弁に対する認否

1  1のうち、公選法一〇三条一項及び国鉄法二六条二項が被告主張の規定をしていることは認めるが、その余は争う。

2  2のうち、原告上が、昭和五七年一〇月三一日に実施された氷見市議会議員選挙に立候補の届出をし、同年一一月二日、氷見市選挙管理委員会から当選の告知を受け、原告半沢が、昭和五九年一〇月二八日に実施された豊浦町議会議員選挙に立候補の届出をし、同年一〇月二九日、豊浦町選挙管理委員会から当選の告知を受けたことは、いずれも認めるが、その余は争う。

六  抗弁に対する原告らの反論及び仮定再抗弁

1  国鉄職員が市町村議会の議員に当選した場合、以下に述べるように、公選法一〇三条一項の規定が適用されて当然に職員の職を辞したとみなされるのではなく、当該職員からの当選告知の日以後の兼職申出に対して総裁の適法な不承認の意思表示がされたときに初めて、国鉄法二六条二項の規定により職員の職を辞したものとなる、換言すれば、国鉄職員が市町村議会の議員に当選した場合、公選法一〇三条一項の規定は適用されず、国鉄法二六条二項の規定により、総裁の適法な不承認があったとき失職の効果が発生する、と解すべきである。

(一) 公選法一〇三条の文理及び立法趣旨

(1) 公選法一〇三条一項は、法律上兼職が無条件に禁止されている場合を前提とするものであるところ、国鉄職員が市町村議会の議員に当選した場合には、国鉄法二六条二項ただし書により、兼職の可否が総裁の承認・不承認の意思表示に係らしめられていることが規定上明らかであるから、公選法一〇三条一項はそもそも適用の余地がなく、同項に定める当然に失職するとの効果は発生しない。

(2) 公選法一〇三条一項は、候補者が自分の就いている職と公職との兼職禁止に気が付かないまま、うっかりして当選を失うようなことがないよう配慮した規定であり、同時に、立候補する以上は、両立しえない他の職を辞しても当選人となることを選ぶ意思であるのが通常であるとの経験則を前提にしている。しかし、国鉄職員のように、総裁の承認があることを期待し、あるいは承認すべきであるとの考えに基づいて候補者となった場合には、右の経験則が当てはまらないことは明らかであり、このような場合には、公選法一〇三条一項はその適用の基礎を欠くというべきである。

(3) 仮に、国鉄職員が市町村議会の議員に当選した場合にも公選法一〇三条が適用されるとすると、次のような矛盾撞着を避け難い。

第一に、国鉄法二六条二項ただし書は、総裁の承認を得る対象者は市町村議会の議員に当選した者となっているが、当選告知の時点では承認の有無が未確定であるから、公選法一〇三条一項にいう当選告知の日に兼職ができない職にあるかどうかが未確定であり、当選告知の日に失職とみなす旨の同項の規定は実際上適用の余地がなくなる。後に不承認が確定してから当選告知の日に遡って失職すると解するのは余りにも便宜的解釈に過ぎるし、その場合でも、告知の日から承認・不承認がされる日までの間の身分が不確定となり、議員たる地位と他の公職との兼職を一律に禁止し、当選告知の日に失職することを明確にしている公選法一〇三条一項の趣旨に反する状態が発生してしまう。

第二に、国鉄職員が市町村議会の議員の選挙に関して繰り上げ・補充の当選の告知を受けた場合に公選法一〇三条二項が適用されるとすると、被告の見解によったとしても、繰り上げ・補充の当選の告知を受けてから五日以内に総裁の承認を得れば、法律による兼職の禁止が解除されたことになり、辞職届出をしなくとも当選を失わないとの結論になると思われる。そうだとすれば、ことは当選の効力に係わる問題である以上、総裁の承認のあったことを明瞭に確認する手段を定めておく必要があるにもかかわらず、公選法一〇三条二項がこの点についてなんらの規定もしていないのは、立法者が国鉄法二六条二項ただし書の場合に対する公選法一〇三条二項の適用を予定していないことを明瞭に示すものである。換言すれば、公選法の適用を肯定した場合、市町村議会の議員の選挙に関して繰り上げ・補充の当選の告知を受けた国鉄職員は、たとえ議員兼職の総裁の承認を得ても、公選法一〇三条二項が「その職を辞した旨の届出をしないときは、その当選を失う。」と明文をもって定め、例外を認めていない以上、国鉄を辞職しない限り議員の資格を取得できないという矛盾に直面せざるをえない。

(二) 労働基準法(以下「労基法」という。)七条の趣旨

労基法七条は、「使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。」と定めている。同条は、主権在民、民主主義を宣言し、できる限り広く、かつ平等に、国民の参政権を保障しようとする憲法の基本理念を体して設けられたものであって、労基法の諸規定の中でも労働憲章的な意義を有するといわれている。そして、国又は地方公共団体の議会の議員の職に就くことが、右労基法七条の「公の職務の執行」に含まれることはいうまでもなく、また、労働者が公職に就いたことを理由に使用者から雇用関係を解消することは、実質において公職執行を拒否することに等しいから原則として許されず、例外的に当該公職の執行が使用者の業務に著しい支障を生ずる場合に限り同条に違反しないと解する余地があるに留まる。そうすると、総裁は、公職の執行が国鉄の業務に著しい支障を生ずる場合に限り、例外的に本条に違反することなく兼職を不承認とすることができるに過ぎないというべきである。

そして、国鉄とその職員との関係は私的労働関係であって労基法の適用があることはいうまでもないから、国鉄法二六条二項を労基法七条と抵触しないよう解釈するためには、1冒頭のように解し、かつ、総裁は、兼職により業務の遂行に著しい支障を生ずる場合に限り不承認としうるに留まると解するほかはない。

(三) 国鉄法二六条二項の改正趣旨

国鉄法は、昭和二九年一二月の改正以前は、少なくとも町村議会の議員との兼職は無条件に認めていたのであるが、右改正により、市議会議員についても兼職禁止を緩和する措置を採るのと引き換えに、町村議会の議員についても兼職の可否を総裁の承認に係らしめるという二六条二項ただし書が付加されるに至った。右改正法案の審議経過等を見ても、総裁の承認という条件を付した理由は、国鉄業務の性質上、当該職員の地位ないし職務内容によっては、議員兼職が業務に支障を来す場合もありうるとの懸念に尽きるのであって、業務上の支障のない場合には総裁は兼職を承認しなければならないことが当然の前提とされていたことは明白である。

したがって、国鉄職員が市町村議会の議員に当選した場合にも公選法一〇三条一項の適用があり、当選の告知前に総裁の承認を得ない限り当然に失職する、との主張(以下この主張を「自動失職説」という。)は、右の立法趣旨に反する。

(四) 国鉄法二六条二項の文理

国鉄法二六条二項ただし書は、「市(特別区を含む。)町村の議会の議員である者」との表現を用い、「議員となる者」とはしていないことから、右ただし書自体、当選の告知により議員の地位を取得した後、つまり、「議員である者」となってから、次いで総裁の承認を受けるという手順を踏むことを予定していると解される。そもそも、当選の告知があるまでは議員としての地位を取得するかどうか法律的には全くの浮動状態にあるから、論理的にも、また実態上も、時系列的には承認は当選の告知後とならざるをえない。そして、このような解釈は、国鉄法二六条二項が改正された第二〇回国会における審議過程においても前提とされていたのである。

(五) 国鉄の従来の解釈・運用

国鉄は、長年月にわたり、国鉄職員が市町村議会の議員に当選した場合には、公選法一〇三条一項の規定は適用されず、かつ、国鉄法二六条二項は「総裁が不承認としたときは職を失う。」との趣旨であると解釈し、運用を行ってきた。

すなわち、国鉄の部内規程である「公職との兼職基準規程」(昭和三九年一二月一〇日総秘達第三号、以下「兼職基準規程」という。)は、一方で、市町村議会以外の公職の候補者として立候補し公選法一〇一条二項の規定により当選の告知を受けたときは兼職することができないと定めているが(四条)、他方で、市町村議会の議員に当選した職員のうち兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職の承認願を提出し、その承認を受けなければならないとし(五条)、右承認の基準として、所属長は、現場長その他これに準ずる一人一職の職にあるもの又は業務遂行に著しい支障があると認める者については、その承認をしてはならない(六条)旨定めていた。これは、国鉄自身が、市町村議会の議員に当選した職員は、当選の告知により当然に失職するものではなく、当選の告知後に兼職の承認の可否を判断しそれにより失職の有無が決せられると解していたことを明示するものである。また、国鉄当局の公定的解釈を示したと見られる日本国有鉄道法研究会(国鉄総裁室法務課内)発行の「日本国有鉄道法解説」(以下「国鉄法解説」という。)もまた、市町村議会の議員以外の公職の候補者が当選の告知を受けた場合には当然失職するとしつつ、「市(区)町村議会の議員については、当選の告知をもって、当然失職とはならず、総裁が兼職の申出を不承認としたためとか、あるいは、その他の理由で本人の退職の申出により、退職の発令をして初めて失職するものと解される。」としている。加えて、実際の運用上も、承認・不承認の決定には当選の告知を受けてから早くて一週間ないし一か月の日時を要し、とりわけ、昭和五一年四月七日総裁室秘書課長事務連絡「公職との承認の取扱いについて」が発せられて以降は、承認の可否を秘書課長との事前合議によって決定することとなったため、決定が承認申請から数か月後にされるという例も決して稀ではなくなったにもかかわらず、その間、当選した議員を失職扱いとした例は全くない。

また、公選法一〇三条二項の運用を見ても、過去に、国鉄職員であって市町村議会の議員に繰り上げ・補充により当選した者が、選挙管理委員会から辞職届出あるいは兼職についての承認等の書面を要求されたことはなく、したがって、これらを提出することもなく議員の資格を取得し、兼職議員として活動してきた実例がある。

(六) 民間労働者や他の公社職員との権衡

民間企業の従業員、とりわけ国鉄と同様の鉄道輸送を担当する私鉄労働者を例にとれば、地方議会の議員への就任ということだけを理由として、その労働者を無給の休職処分とすることも違法であり、いわんや業務支障の有無について慎重な検討も経ずに解雇することなどは、到底、許されないのである。これに対し、仮に、自動失職説を採ったとすれば、国鉄職員は、単に市町村議会の議員に就任したというだけで他になんらの理由なくして失職(解雇予告手当の支払を要しないだけ解雇以上に労働者にとって不利益である。)せしめられても、それを争い是正せしめる手段を全く奪われてしまうこととなる。両者の不均衡は余りにも著しく、まさに不合理な差別といわなければならない。

また、民営化前の日本専売公社職員については、日本専売公社法上、地方議会の議員はもとより国会議員との兼職も禁止されておらず、同じく民営化前の日本電信電話公社職員の場合は、市町村議会の議員まで法律上の兼職禁止の範囲から除外されているが、これに対し、自動失職説を仮に採ったとすれば、国鉄職員は、前記昭和二九年一二月の国鉄法改正前は就任を妨げなかった町村議会の議員との兼職さえも、総裁の胸三寸により、失職という刑罰に例えれば死刑にも等しい制裁にさらされることになる。これを右に述べた民営化前の他の公社職員の地位と比較すれば、その不平等は明らかであり、民営化前の三公社の事業の性質の差異を考慮したとしても、余りにも不合理な差別といわざるをえない。

2  仮に、国鉄職員が市町村議会の議員に当選した場合に公選法一〇三条一項が適用されるとしても、兼職承認の申請をしたにもかかわらず、当選の告知を受けるまでの間に、総裁がなんらの意思表示もしないか、不承認の意思表示はしたが、それが不適法なときは、適法な承認があったのと同様の法的効果が生じ、同条項による失職の効果は生じないと解すべきである。

すなわち、総裁の不承認は、公選法一〇三条一項に基づき法律上辞職とみなす効果を直ちに生ぜしめる点において、実質的には行政処分と同様の効力を有することは明らかである。ところで、行政上の許可あるいは免許も、その法的性質如何によっては、不許可ないし免許の更新拒絶が違法として取り消されるべき場合には、許可ないし免許があったのと同様の法的状態を肯定してよいとされている。いわんや、公定力を伴わない私人の行為(なすべき意思表示をしないという不作為を含む。)が相当の理由を欠き無効である場合において、かかる行為がなかったのと同様の法的状態を肯認することに、なんらの妨げも存しない。とりわけ本件においては、対使用者との関係においても労働者が勤務外の私生活をどのように過ごすかは原則として自由であることが銘記されるべきである。労働者の私生活上の行動は、それが使用者の業務に重大な支障をもたらしたり、あるいは使用者の信用を著しく傷つけたりした場合に、雇用契約上不利益な取扱いを受ける余地があるに留まる。

被告は、国鉄職員の職務専念義務をいうが、公民権行使の一環として非常勤の議会の議員に就任することが、一般に公社職員の職務専念義務に抵触するものではない。このことは、同じく職員の職務専念義務が公社法に明記されている専売公社職員について、前記のとおり、議員との兼職が一切禁止されておらず、また電信電話公社職員についても、県議会以上の議会の議員との兼職が制限されているに過ぎないことからも明白である。換言すれば、総裁の議員兼職承認は、なんら職員に対して特別な恩恵や利益を与える行為ではなく、不承認こそが労働者が対使用者との関係において本来有する自由に対する重大な制限なのである。さればこそ、前記のとおり、従来、国鉄においては兼職承認制度について実質的には届出制と同様の運用がされてきたといえよう。

以上のような不承認の法的性質によれば、これが自由の制限の根拠として十分首肯するに足りる合理的理由を欠く以上、原告らにおいて承認があったのと同様の法的地位を被告に対して主張しうるのは、当然といわなければならない。

3  兼職不承認の違法性

(一) 兼職不承認の意思表示

原告上は、昭和五七年一〇月三一日に実施された氷見市議会議員選挙に、原告半沢は、昭和五九年一〇月二八日に実施された豊浦町議会選挙に、それぞれ立候補し、そのころ、国鉄に対してそれぞれ立候補届を提出したところ、国鉄は、原告上については昭和五七年一〇月二二日付け金沢鉄道管理局長名の文書により、原告半沢については昭和五九年一〇月一五日付け札幌鉄道管理局長名の文書により、それぞれ、兼職を承認できない旨を通知し、更に、原告らが当選の告知を受けた後、すみやかに兼職の承認願を提出したにもかかわらず、総裁はその受領をいずれも拒否し、もって原告らに対してそれぞれ右各議会の議員との兼職を不承認とした(以下「本件兼職不承認」という。)。

なお、国鉄においては、前記のとおり、事後承認制を採り、当該職員が当選の告知を受けた後に兼職承認願を提出させていたことから、原告らは、事前には兼職承認願を提出していないが、右のような事情のもとでは、立候補届の提出が併せて兼職承認を求める意思表示を含むと解するのが相当である。

(二) 兼職不承認の要件

近代的労使関係においては、その原理・原則の当然の帰結として、労働者は、雇用契約によって拘束される以外、一人の人間として自由に精神的・身体的活動をなしうるのであって、使用者は労働者の勤務時間外の活動に対して支配統制を加えることは許されない。市町村議会の議員との兼職の可否ということになると、ことは、職業選択の自由・参政権・政治的自由という憲法上保障されている積極的自由・権利と係わるから、このことは一層強く妥当する。市町村議会の議員との兼職承認は決して職員に利益・恩恵を付与するものではなく、逆にその兼職禁止が職員の諸自由・権能を制限・剥奪するものであることが強調されるべきである。

総裁の兼職承認は、憲法上保障されている積極的自由・権利の尊重という観点から、慎重にその判断がされなければならないのであり、このような慎重な判断を不要とし、一切を総裁の自由に委ねる自由裁量論が否定されるべきは当然である。

そして、前述の労基法七条の趣旨、国鉄法二六条二項の改正経過や民間の労働者及び他の公社職員との比較からすると、総裁は、兼職により業務の遂行に著しい支障が生ずる場合を除いては、これを不承認とすることはできないと解すべきである。

自動失職説に立った場合、市町村議会の議員に当選した国鉄職員は、総裁の承認のない限り、実際の業務支障の有無、程度について試行してみる猶予がないのはもとより、弁明の機会も与えられずに、改めて議員となるか職員として残るかの選択の機会さえ全く奪われたまま、問答無用で失職させられることになるのである。したがって、右のような見解を採るならば、不承認事由については、極めて慎重な判断が要求されて当然であり、いわんや総裁の広範な裁量を認める余地は、理論上も存在しえないのである。

(三) 本件兼職不承認の違法性

(1) 原告らに対する本件兼職不承認は、昭和五七年一一月一日以降、新たに又は改選により公職の議席を得た者に対しては兼職の承認を行わないとの一般的方針(昭和五七年九月一三日総秘第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」)に基づき、当該職員としての公務の執行が国鉄職員としての業務執行上支障を来すと否とに一切係わりなく、一律機械的にされたものであるが、前記のとおり、総裁は兼職が業務の遂行に著しい支障があると認められる場合を除いては、兼職を不承認とすることはできないと解されることに照らして、違法たるを免れない。

なお、国鉄が前記の一般的方針を採るに至ったのは、政府・自由民主党の政治的圧力に屈したためである。

(2) 原告上は、過去二回、氷見市議会議員選挙に立候補して当選し、国鉄法二六条二項ただし書による総裁の兼職承認を受け、左記の期間右議会議員を兼職してきた。

(選挙) (任期)

昭和四九年一〇月二七日

昭和四九年一一月一四日から

昭和五三年一一月一三日まで

昭和五三年一〇月二二日

昭和五三年一一月一四日から

昭和五七年一一月一三日まで

原告半沢は、過去三回、豊浦町議会議員選挙に立候補して当選し、国鉄法二六条二項ただし書による総裁の兼職承認を受け、左記の期間右議会議員を兼職してきた。

(選挙) (任期)

昭和四七年一〇月二二日

昭和四七年一一月一五日から

昭和五一年一一月一四日まで

昭和五一年一〇月二四日

昭和五三年一一月一五日から

昭和五五年一一月一四日まで

昭和五五年一〇月二六日

昭和五五年一一月一五日から

昭和五九年一一月一四日まで

右のとおり、原告上は、過去八年間にわたり氷見市議会議員の地位にあった者であり、原告半沢は、過去一二年間にわたり豊浦町議会議員の地位にあった者であるが、その間、総裁は、業務遂行に著しい支障があるとは認められないとして兼職の承認をしてきた。また、公務を理由とする欠勤が頻回にわたるなど業務支障があった場合には、所属長は勤務改善を求めるものとし、それでも改善の実があがらないときは承認期間を更新しない取扱いとされていたところ、原告らはかつて一度も右の改善要求を受けたことはない。すなわち、原告上については、伏木駅及び能町駅の各営業管理係としての担当業務・勤務実態等や氷見市議会議員としての公務に要する日数・時間等からして、原告半沢については、豊浦駅の運転係としての担当業務・勤務実態等や豊浦町議会議員としての公務に要する日数・時間等からして、いずれも、過去において国鉄の業務に格別の支障を生じたことはなく、また、今後ともその恐れは認められないのであり、この点においても本件兼職不承認は違法たるを免れない。

(3) 被告の兼職基準規程は、労働契約の内容に係わる性格の規定であるから、実質的には、労基法八九条にいう就業規則に該当することになるが、前記のような兼職基準規程五、六条の内容からみて、市町村議会の議員に当選した職員は、当選後に総裁の承認を求めれば足り、承認願に対して不承認の決定があるまでは職員としての身分を失わず、かつ、業務遂行に著しい支障があると認められるか否かを承認・不承認の判断基準とするとのルールが、実質的な就業規則の内容、ひいては労働契約の内容と化していることは明らかである。兼職基準規程六条は不承認事由のみを掲記するという体裁をとってはいるが、同条所定の不承認事由のない限り承認をすることが長年月にわたる確固不動の慣例として定立していた事実からしても、業務遂行に著しい支障があると認めた場合を除き、使用者として兼職を承認すべき業務を伴うことは多言を要せず、本件兼職不承認は、労働契約の条件違反という点においても、違法、無効である。

4  以上のとおり、国鉄職員が市町村議会の議員に当選した場合、公選法一〇三条一項の規定は適用されず、国鉄法二六条二項の規定により、総裁の適法な不承認があったとき失職の効果が発生すると解するにせよ、公選法一〇三条一項は適用されるが、当選の告知を受けるまでの間に適法な不承認がされなければ、承認があったと同様の法的効果が生じ、公選法一〇三条一項による失職の効果は生じないと解するにせよ、本件兼職不承認は違法、無効であるから、原告らは国鉄職員としての地位を失っていないというべきである。

七  原告らの反論及び仮定再抗弁に対する被告の認否及び主張

1  1は全て争う。

(一) 国鉄法二六条二項は、国鉄職員は総裁の承認を受けない限り、市町村議会の議員と兼職できないものとしているのであるから、同項が公選法一〇三条一項にいう法律の定めであることに疑問の余地はなく、公選法一〇三条一項の適用がないとする原告らの主張は、なんらの根拠もない、明文の規定に反する独自の見解である。

なお、原告らは、公選法一〇三条の適用があるとすると、矛盾撞着を避け難いと主張する。しかし、そのうち、公選法一〇三条一項について論ずるところは、市町村議会の議員となって後、時日を経てから総裁の承認がされるとの前提に立ったものであるが、後記のとおり、総裁の兼職承認は事前に条件付きで与えられていたのであり、原告らのいう矛盾撞着は生じないし、次に、公選法一〇三条二項の場合に、総裁の兼職承認があったことを確認する手段が必要との原告らの主張も、事前に総裁の兼職承認があれば、既にその時点で議員との兼職の禁止が解除され、当該職員は「法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員……と兼ねることができない職に在るもの」に該当せず、同項の適用の余地はないから、原告らの主張するような確認手段はそもそも必要なく、その論ずるような矛盾も生じない。

(二) 国鉄法二六条二項は、原告らの主張する労基法七条の規定の存在を前提としつつ、国鉄職員の地位や職務の特殊性を考慮し、特別法として市町村議会の議員との兼職を総裁の承認に係らしめたのであるから、国鉄法二六条二項が優先して適用されるのは当然であり、労基法七条との抵触問題が生じることはない。

(三) 昭和二九年一二月の国鉄法二六条二項の改正の趣旨は、市議会議員との兼職を禁止していた従前の立法措置を改めることとしたものの、無条件に市町村議会の議員と兼職できるとするのは、国鉄職員の地位や職務の特殊性に照らし妥当性を欠くことなどから、特に総裁の承認を得た者についてのみ兼職を認めることとし、その承認を総裁の合理的裁量に委ねることとしたものである。その改正案の国会における審議の際、議員兼職と職務に与える影響などについて質疑されたことはあるものの、断片的な議論に留まる。

(四) 原告らは、国鉄法二六条二項ただし書の「議員であるもの」との表現をもって、議員となる者は議員となった後に総裁の承認を得るという手順を踏むべきことを意味していると主張するが、かかる解釈は条文にその本来意味する以上のものを持ち込もうとするものである。また、原告らは、論理的にも、また実態上も、時系列的には承認は当選の告知後とならざるをえないと主張するが、確かに、当選の告知があるまでは議員になりえないものの、だからといって、承認が当選の告知後とならざるをえないわけではない。なぜなら、承認を予め条件付きで与えておくことができるからである。

(五) 兼職基準規程に原告ら主張のような規定があること、国鉄法解説に原告ら主張のような記載があることは認める。しかし、兼職基準規程は、兼職承認に関する国鉄内部の事務手続きを定めたものに過ぎず、もとより公選法一〇三条一項及び国鉄法二六条二項の解釈を左右するものではなく、また国鉄法解説の記載は、発行者である国鉄法研究会の見解であって国鉄の公式見解ではない。

国鉄における右兼職基準規程の運用は、立候補した職員について事実上、選挙前に承認するか否かの意思決定がされていて、立候補者も事前に承認されるか否かを了知しており、右規定で定める当選後の承認願と承認は、後日これを手続き上明確にしておくものに過ぎないのである。すなわち、立候補した職員について兼職を承認すべきか否かは職員が当選しなければ判断しえない事項ではなく、その一方で、立候補した職員としても当選の暁に自らが職員と兼職できるかどうかを予め了知していなければ将来の身分が不安定なままで選挙活動をせざるをえないという不利益を被るのであるから、職員にとっては、選挙前に当選の際には兼職の承認が得られるか否かを承知しておくことの方がはるかに有利であって、事前に条件付きで承認するという取扱いの方が職員の立場を十分尊重した考え方に立っているというべく、国鉄の兼職承認に関するこれまでの運用実態もまさに右のような考え方を前提としてきたのである。実際上も、従来、承認の難しい職員については、選挙前にその旨を告知しており、当該職員はその時点で国鉄職員として留まるか、あくまで議員となるかを選択していたのである。これまで国鉄職員が公選法一〇三条一項の規定により失職した例がないのは、このような運用の実態があったからである。

(六) 民間企業においても、市町村議会の議員に就任することを直接又は間接の理由として懲戒解雇をすることは許されないものの、通常解雇をすることは許されると解されている。

国鉄や民営化前の日本電信電話公社、日本専売公社がいわゆる三公社と総称されるとしても、その職務内容や公共性等は一律ではないから、その職員に対する取扱いが、全て同一でなければならない理由はなく、その間で差が生じたとしても、それは政策の選択の問題である。現に、議員との兼職の取扱い以外にも、例えば、超過勤務を命ずる場合についての国鉄法三三条と類似する規定は、他の公社法には規定されていないなど、その取扱いが必ずしも同一ではないのであって、兼職の取扱いについてそれぞれ差があったとしても、それを異とするには当たらない。

なお、日本専売公社職員は、国会法三九条の規定により、国会議員との兼職が禁止されていた。

2  2は争う。

法文上どこにも存在しない総裁の兼職不承認処分なるものを想定した上、不承認が違法ならば承認と見る以外に考えられないとか、不承認とされない限り承認されたものとみなすとの前提で立論するものであって、法文に全く根拠を置かない立法論というほかはない。

3(一)  3(一)のうち、原告上が、昭和五七年一〇月三一日に実施された氷見市議会議員選挙に、原告半沢が、昭和五九年一〇月二八日に実施された豊浦町議会選挙に、それぞれ立候補し、そのころ、国鉄に対してそれぞれ立候補届を提出したこと、国鉄は、原告上については昭和五七年一〇月二二日付け金沢鉄道管理局長名の文書により、原告半沢については昭和五九年一〇月一五日付け札幌鉄道管理局長名の文書により、それぞれ、兼職を承認できない旨を通知したこと、原告らが当選の告知を受けた後兼職の承認願を提出したが、総裁はその受領を拒否したことは認め、その余は争う。

原告らは、立候補届の提出が併せて兼職承認を求める意思表示を含むと主張するが、国鉄職員で市町村議会の議員に立候補する者の中には、職員たる地位を離れることを前提にする者もいることから、単なる立候補届に兼職承認を求める意思まで含むと解することは、客観的な意思解釈として、到底、無理であるばかりか、原告らは、当選の告知を受けると、すみやかに兼職承認を求めているのであって、この事実からみても、原告らの立候補届出に兼職承認を求める意思が含まれていないことは明らかである。また、総裁が兼職承認願の受領を拒否したのは、原告らについては既に承認のなかったことが確定していて承認願を提出されても応答のしようがないためであって、それはおよそ不承認の意思表示などと評価しうるものではない。

(二)  3(二)の主張は争う。

国鉄法二六条二項ただし書は、特に総裁の承認を得た者についてのみ市町村議会の議員との兼職を認めることとし、その承認を総裁の合理的裁量に委ねたのである。もっとも、総裁といえども、恣に兼職の承認の有無を決してよいはずはなく、法律によって職員の身分に関する決定について権限を付与された以上は、その権限行使につき合理的な裁量判断をなすべきことは当然である。また、原告らは、当選した国鉄職員は改めて議員となるか職員として残るかの選択の機会さえ全く奪われることになると主張するが、前記のとおり、国鉄においては事前に条件付きで兼職承認するという取扱いが行われていたのであり、国鉄職員が立候補する際、事前に承認するか否かの当局の意思を知っていたのであるから、当選後、著しく不利な立場に立たされることはなかった。

(三)(1) 3(三)(1)のうち、総裁が、昭和五七年一一月一日以降、新たに又は改選により公職の議席を得た者に対しては兼職の承認を行わないとの一般的方針に基づき、原告らに対して兼職を承認しないことにしたことは認め、その余は争う。

本件当時、国鉄は、極めて逼迫した経営状態に置かれており、早急にその改善を図るべく、三年間にわたる職員の新規採用の停止など各種の方策が採られていたところ、昭和五七年七月三〇日の臨時行政調査会第三次答申は、「国鉄の膨大な赤字はいずれ国民の負担となることから、国鉄経営の健全化を図ることは、今日、国家的急務である。」との認識の下に、緊急に採るべき措置として一一項目の提案をし、その一として、「兼職議員については、今後、認めないこと」を挙げていた。この答申を受けて、同年九月二四日に出された「日本国有鉄道の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」と題する閣議決定においても、国鉄経営の危機的状況に鑑み国鉄が取り組むべき緊急対策の一として、兼職議員の承認を当面認めないこととすべきことが掲げられていた。このような当時の国鉄の置かれた極めて厳しい状況の下に、総裁が前記のような一般的方針を打ち出し、当分の間、兼職承認を行わないこととしたのは、総裁に委ねられた裁量権の範囲内で採られた適切、妥当な措置であった。

(2) 3(三)(2)のうち、原告らが原告ら主張の期間、主張にかかる各議会の議員の地位にあり、その間、総裁が兼職を承認してきたことは認め、その余は争う。なお、原告上が氷見市議会議員選挙に立候補した回数は三回が正しい。

前記のとおり、当時の国鉄の置かれた厳しい状況下において、総裁が原告らに対して兼職を承認しないこととしたのは、その委ねられた裁量権の範囲内で採られた適切、妥当な措置であり、なんら違法の廉はない。

(3) 3(三)(3)も争う。

国鉄職員は、総裁の承認がない限り、市町村議会の議員に当選したときは、公選法一〇三条一項及び国鉄法二六条二項の規定により、その当選の告知を受けた日に辞職したものとみなされる効果が、法律上、当然に発生するのであって、かかる法律の明文に反する労働契約が成立する余地はない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

第一  本案前の答弁についての判断

被告は、原告らいずれについても、公選法一〇三条一項の規定により、国鉄職員の職を辞職したものとみなされる効果が既に発生しているとした上、これは法律の規定によって生じたものであり、法律によってみなされた事項については反証の余地がなく、みなされた効果は絶対的に発生するのもであって、法律上これを覆す手段は存在しないのであるから、本訴各請求中、右効果を否定し、被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める部分は、裁判上実現不能な事項を求めるものであって不適法であり、これを却下すべきであると主張する。

しかしながら、原告らいずれについても、公選法一〇三条一項の規定により、国鉄職員の職を辞職したものとみなされる効果が既に発生しているか否かが、まさに本件における争点であって、これは、総裁の承認の有無、公選法その他の法律の解釈適用を通じて解決しうる事項であり、また解決すべきものであるから、裁判所が判断することを妨げる事情はなんら存在しない。そうすると、原告らの本訴各請求中、失職の効果が既に発生していることを否定し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める部分が、裁判上実現不能な事項を求めるものということはできないから、被告の本案前の答弁の理由は、それ自体失当というべきである。

第二  本案についての判断

一  請求原因事実は、全て当事者間に争いがない。

二1  抗弁事実のうち、原告上が、昭和五七年一〇月三一日に実施された氷見市議会議員選挙に立候補の届出をし、同年一一月二日、氷見市選挙管理委員会から当選の告知を受け、原告半沢が、昭和五九年一〇月二八日に実施された豊浦町議会議員選挙に立候補の届出をし、同年一〇月二九日、豊浦町選挙管理委員会から当選の告知を受けたことは、いずれも、当事者間に争いがない。

2  ところで、公選法一〇三条一項は、「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が……当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」と規定し、議員等との兼職を禁止されている者が当選人となったときは、一律に、当選の告知を受けた日に兼職に係る職を辞職したものとする取扱いをしている。そして、国鉄法二六条二項は、「第二〇条第一号に該当する者は、職員であることができない。」と規定し、右引用の国鉄法二〇条一号は、「国務大臣、国会議員、政府職員(人事院が指定する非常勤の者を除く。)又は地方公共団体の議会の議員」と規定しているから、国鉄職員が地方公共団体の議会の議員等との兼職を禁止される職にある者に当たることは、規定上、明らかである。もっとも、国鉄法二六条二項は、ただし書において、「市(特別区を含む。)町村の議会の議員で総裁の承認を得たものについては、この限りでない。」と規定し、市町村議会の議員で総裁の承認を得たものについては、例外的に国鉄職員との兼職を認めているから、国鉄職員が市町村議会の議員に当選した場合には、総裁の承認の有無、効力に係わりなく、一律に辞職したものとの取扱いができないことはいうまでもない。

しかし、公選法一〇三条一項が前記のような規定をしているのは、当選人が議員との兼職を禁止されている職にあることが理由となって当選を失うことがないようにするため、換言すれば、当該選挙における投票の結果を尊重しこれを維持するためであって、その趣旨は、国鉄職員が当選人となった場合にも当然妥当するものといってよいし、また、国鉄法二六条二項の解釈としても、当選の告知前に総裁の承認を得ておく必要があることは、後述するとおりであるから、これらを勘案すると、国鉄職員が市町村議会の議員に当選したときは、当選の告知前に総裁の承認を得ていない限り、公選法一〇三条一項の規定に基づき、当選の告知の日に国鉄職員の地位を失うと解するのが相当である。

原告らは、国鉄職員については公選法一〇三条一項の適用がない旨を主張するが、総裁の承認は当選の告知後に得れば足りるとの見解を前提とするか、又は、繰り上げ・補充の当選という例外的な場合を前提とするもので(もっとも、国鉄職員が市町村議会の議員の選挙において繰り上げ・補充の当選の告知を受けた場合でも、公選法一〇三条一項が規定する当選の告知の場合と同様、告知前に総裁の承認を得てさえおけば、そもそも兼職が禁止される事態は生じないから、公選法一〇三条二項所定の辞職の届出をする必要もないことになる。)、採用することができない。

3(一)  次に、原告らは、兼職禁止の規定に該当して辞職することになる場合でも、国鉄職員が市町村議会の議員の当選の告知後にする兼職の申出に対して総裁の適法な不承認の意思表示がされたときに初めて、国鉄法二六条二項によって辞職の効果が生ずる旨の主張をする。

しかし、国鉄職員が兼職禁止の規定に該当して辞職したことになるのは、公選法一〇三条一項の規定に基づくものであって、このことは前述のとおりであるし、国鉄法二六条二項の規定を字義どおり解釈すると、市町村議会の議員は、総裁の承認を得た場合のほかは同時に国鉄職員であることができず、その結果として、国鉄職員が市町村議会の議員になったとき、すなわち、その当選の告知を受けたときは、総裁の承認を得ていない限り国鉄職員であり続けることができないという趣旨であることが明らかであって、これと異なり、総裁の適法な不承認の意思表示がない限り兼職することができる趣旨であるとは、到底、解することができない。換言すれば、国鉄法二六条二項は、総裁の積極的な承認がある場合に限って例外的に兼職を認めたものであって、いかなる解釈論によったとしても、兼職に対する総裁の不承認の意思表示なるものを予定しているとは解されないのである。したがって、国鉄法二六条二項のもとでも、当選の告知前に総裁の承認を得ておくことが必要であって、このような解釈は、当選の告知の日に辞職したものとみなしている公選法一〇三条一項との矛盾を防止するためにも必要というべきである。

(二)  原告らは、国鉄法二六条二項は総裁の適法な不承認があって初めて辞職したことになる旨を規定したものと解すべきであるとして、そのような解釈をすべき根拠をるる主張するが、以下のとおり、いずれも理由がなく、採用することができない。

(1) 労基法七条の趣旨との抵触について

原告らは、国鉄法二六条二項を労基法七条と抵触しないように解釈するためには、右のように解釈すべきであると主張する。

しかしながら、労基法七条は、労働者が公民権を行使するため必要な時間については、使用者に職務専念義務の免除を命じているに留まるのであって、公民権行使の結果生ずる業務阻害を理由にして労働者を通常解雇し、あるいは失職させることまでを禁止するものではない。しかも、国鉄法二六条二項は、労基法七条の存在を前提とした上で、基幹的交通機関である国鉄の業務の公共性に鑑み、市町村議会の議員との兼職は、一般的に業務阻害の恐れがあるものとして、総裁の承認を得た場合のほかには認めない旨を定めたものと解されるから、これを字義どおり解釈したからといって、なんら労基法七条に抵触するものではないというべきである。

(2) 国鉄法二六条二項の改正趣旨について

原告らは、国鉄法二六条二項ただし書は、昭和二九年の同法改正に際し設けられた規定であるが、その改正に至るまでの国会審議においては、業務上の支障のない場合には総裁は兼職の承認をしなければならないことが当然の前提とされており、当選告知の日までに総裁の承認を得ていなければ失職するという解釈は、立法の趣旨に反すると主張する。

〈証拠〉によると、次の事実を認めることができる。昭和二九年法律第二二五号による改正前の国鉄法は、国鉄職員と町村議会の議員との兼職を認める一方、その他の地方公共団体の議会の議員との兼職を一律に禁止していたが、昭和二八年七月二九日の第一六回国会参議院運輸委員会において、市議会議員についても兼職を認めることとする国鉄法の一部を改正する法律案が発議された。この法律案については、その審議の過程で、無制限に市町村議会の議員との兼職を認めると業務の支障が生ずる恐れがあるとして、国鉄法二六条二項を廃止当時のもののように改める修正案が出され、同月三〇日の参議院運輸委員会において、右修正案が可決された。その後、この改正法案は継続審議となり、昭和二九年一二月三日の第二〇回国会衆議院運輸委員会において可決され、その後、同国会で成立し、同月、昭和二九年法律第二二五号として公布、施行された。右の修正案の提案者を含め、国会審議においては、業務上支障がない場合は総裁は兼職を承認しなければならないとの意見が述べられており、この意見に対する反対の意見は特に述べられていなかった。

右のとおり、国鉄法二六条二項ただし書が設けられたのは、無制限に市町村議会の議員との兼職を認めると業務の支障が生ずる恐れあるためであるが、だからといって業務の支障が生ずる恐れがない場合には、兼職の承認が義務づけられていると解することは文理上無理がある。また、右の事実によると、立法者は、不承認となる場合が例外的であると考えていたと見られなくはないが、それは、国鉄法二六条二項の運用について参考となることがあっても、その解釈を左右するものではない。

(3) 国鉄法二六条二項の文理について

原告らは、国鉄法二六条二項ただし書は「市(特別区を含む。)町村の議会の議員である者」との表現を用い、「議員となる者」とはしていないことから、右ただし書自体、当選の告知により議員の地位を取得した後、つまり、「議員である者」となってから、次いで総裁の承認を受けるという手順を踏むことを予定していると解されると主張する。

しかし、右の規定は、国鉄法二六条二項本文が国鉄職員との兼職が禁止される公職の範囲を定めているのを受けて、例外的に国鉄職員との兼職禁止が解除される場合を定めたもの、すなわち、同項ただし書の「議員である者」という表現は、本文の「第二〇条第一号に該当する者」の中から市町村議会の議員を取り出すための表現であるに過ぎず、総裁の兼職承認の時期までをも規定したものとは解せられない。

(4) 国鉄の従来の解釈・運用について

原告らは、国鉄は、長年月にわたり、国鉄職員であって市町村議会の議員である者に関する限り、国鉄法二六条二項の規定を「総裁が不承認としたときは職を失う。」との趣旨でその解釈・運用を行ってきたことは明白であると主張する。

なるほど、兼職基準規程が、一方で、市町村議会以外の公職の候補者として立候補し公選法一〇一条二項の規定により当選の告知を受けたときは兼職することができないものと定め(四条)、他方、市町村議会の議員に当選した職員のうち兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職の承認願を提出し、その承認を受けなければならないと定めて(五条)いること、国鉄法解説九八ページに、市町村議会の議員以外の公職の候補者が当選の告知を受けた場合には当然失職するとしつつ、「市(区)町村議会の議員については、当選の告知をもって、当然失職とはならず、総裁が兼職の申出を不承認としたためとか、あるいは、その他の理由で本人の退職の申出により、退職の発令をして初めて失職するものと解される。」との記載があることは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、実際上も、右兼職基準規程五条の定めに沿う形で、市町村議会の議員との兼職承認の手続きが当選の告知後に行われることを前提として運用が行われ、しかも、承認願の提出から兼職承認まで数か月を要する例も稀ではなかったことが認められる。

これらの事実によれば、国鉄自身も、市町村議会の議員の当選人については、総裁の兼職不承認がされて初めて失職するという解釈をし、そのような解釈のもとに法を運用してきたと見られないことはない。しかし、それは、国鉄法二六条二項の解釈として成り立ち得ないものであって、しかも、同条項は強行法規というべきであるから、国鉄が原告ら主張のように解釈し、運用してきたとしても、そのことによって、同条項の前記解釈が左右されるべき理由はない。

(5) 民間労働者や他の公社職員との権衡について

原告らは、国鉄職員が市町村議会の議員に当選した場合、総裁の事前承認がなければ当然失職するという解釈をとると、市町村議会の議員への就任のみを理由にしては解雇されることのない私鉄労働者や市町村議会の議員との兼職を禁止されていない日本専売公社職員及び日本電信電話公社職員に比べ、国鉄職員は不合理な差別をされることになる旨主張する。

なるほど、鉄道事業を営む民間会社の労働者を、市町村議会の議員に当選したこと自体を理由として解雇することは許されないし、昭和五九年法律第六九号による廃止前の日本専売公社法及び昭和五九年法律第八五号による廃止前の日本電信電話公社法が、それぞれ日本専売公社職員及び日本電信電話公社職員について市町村議会の議員との兼職を禁止していなかったことは、原告ら主張のとおりである。

しかし、日本専売公社や日本電信電話公社と国鉄とは、その業務内容、職員の勤務形態が異なること、国鉄が全国にわたる基幹的交通機関である鉄道事業を営む公共企業団体として設置運営されていたという点において、地方的な鉄道事業を営むに留まる民間会社とは根本的に性格を異にすることに照すと、国鉄職員の市町村議会の議員との兼職について、日本専売公社あるいは日本電信電話公社の職員や鉄道事業を営む民間会社の従業員との間で右のような相違があるからといって、権衡を失し、不合理な差別に当たるとはいえないから、国鉄法二六条二項についての前記解釈を左右するものでもない。

4  また、原告らは、仮に、国鉄職員が市町村議会の議員に当選した場合に辞職の効果が生ずるとしても、当該職員が当選の告知を受けるまでの間に、兼職承認の申請があったにもかかわらず、総裁がなんらの意思表示もしないか、不承認の意思表示はしたが、それが不適法なときは、適法な承認があったのと同様の法的効果が生ずるものとして、その論拠をるる主張する。

しかし、国鉄法二六条二項は、総裁の承認があって初めて兼職が可能であるとしているのであって、承認がないにもかかわらず適法な承認があったのと同様の法的効果が生ずると解するためには、総裁が承認しないこと、あるいは不承認とすることが違法である場合には、承認があったとみなす旨の特別の規定が必要であるところ、国鉄法その他の法律に右のような規定はない。したがって、原告らの主張は、不承認の違法性について見るまでもなく、到底、採ることができず、主張自体失当である。

5  以上のとおり、原告らは、それぞれ、当選の告知を受けた日までに総裁の兼職承認を得たことについて、なんらの主張立証もしない(かえって、弁論の全趣旨によれば、原告らは、いずれも、その当選の告知を受けた日までに総裁の兼職承認を得ていないことが認められる。)から、公選法一〇三条一項により、原告上は、昭和五七年一一月二日、氷見市選挙管理委員会から氷見市議会議員選挙についての当選の告知を受けたことにより、原告半沢は、昭和五九年一〇月二九日、豊浦町選挙管理委員会から豊浦町議会議員選挙について当選人の告知を受けたことによって、それぞれ、被告職員の地位を失ったものというべきである。

第三  結論

したがって、原告らの本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当であるから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田 豊 裁判官 水上 敏 裁判官 田村 眞)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例